以下に紹介するコラムを、「事件は会議室で起きているんじゃない!現場で起きているんだ!」という台詞を思い出しながら読みました。

今、「資本論」を独学していて、労働時間短縮などイギリスにおける労働運動のリアルで詳細な記述を、現代日本の現状と較べながら関心しつつ興味深く学んでいるのですが、「近代経済学」ってこんな情けない学問になってしまっているのかと、こちらは学んだことがないので失礼なんですが、正直言って驚きです。

いわゆる経済専門家の景気予測が当たらないのはなぜでしょうか。

震災の影響で日本の製造業が壊滅的打撃を受けるといわれました。ところがGDPこそマイナスになりましたが、鉱工業生産がプラスになり、専門家はぶっ飛びました。

しかし、我々現場を見ている金融マンからするとあまり驚くことではない。GDPは約60%が個人消費なので、花見までやめてしまえばそりゃさがります。しかし、日本のようにすべて自前でつくっている国(海外生産を含む)の製造業の製品は、震災で製造が中止されていた一部の部品さえ揃えば、即販売可能です。

また今回はリーマン・ショックのときと違い、需要そのものが失われたわけではないので、日本の高付加価値製品に対するアジアの膨大な需要は健在で、今満たされていない需要はそのまま将来に積み上がると考えると考えるべき。その将来的需要を見込んだ生産活動が活発だった。しかし、彼らはこんな簡単なことにすら気がついていません。

学者など、現場から離れれば離れるほどこういう誤謬に左右される傾向があります。例えば近代経済学では「全ての人間は自分の利益を最大化するべくお金を使う」と規程しており、その前提で消費モデルを組み上げます。でもみなさんすぐお気づきのように、人間はそんなに毎日、自己利益の追求のためにお金を使っていません。今回の震災で集まった巨額の義援金などその最たるもの。また私の周りには、仕事もせずに毎日ビールを飲み、競馬に明け暮れる人間がごまんといますが、そういう人々は経済モデル上「想定外」とされ、景気予測の範疇から漏れてしまうのです。そんなことは起こり得ないのだ!と言い切るところはどこかの電力会社と一緒なのですが、これは現代の経済学がもつ最大の弱点です。

一個人が利益を度外視した、主体的なお金の使い方をすることができる成熟した現代社会においては、これを分析する新たなツールが必要とされているのです。(AERA’11.6.13号 「ぐっちーさん ここだけの話 money 174 景気予測はなぜはずれるか」より)



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